Diary 2008. 12
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12月3日 (水)  ボクサー

いまから5年程前になりますが、うちの会社に縁があつて1年程、デイマさんと言う名前のモンゴルの青年が働いていた事がありました。 日本語はあまり話す事は出来ませんでした。 建築の事に関してはほぼ素人の彼でした。 彼の奥さんは近くの畜産大学に留学していて、夫であるデイマさんはこちらでは主に主夫をしていたようなのです。 3歳の娘さんの育児をしていたようです。
これだけを聞くと彼のイメージは何か弱々しい
のですが、実は彼の本業は「世界バンタム級4位」の「ミスターデイマ」と言うプロボクサーなのです。 未知の食べ物に目が無い私は現場で食べている彼のお弁当にとても興味が有りいろいろ彼のお弁当をいただいていました。 後日、デイマさんの奥さんからモンゴル餃子をいただきました。  そうそう、今日書きたかつた事は来年のプランを作つているお客さんもやはりボクサーなのです。 


12月17日 (水)  12坪

2週程前の日曜日、雑然とした{散らかつている}私の書斎{狭い部屋}をしばらく振りに整理していると、本の下になつていたDPEの封筒が出てきました。  中の写真を見ると23年前に建てた建物の工事中の記録写真でした。 この建物は施主との出会いから工事の完成までが、ほぼ全てを思い起こす事が出来る私にとつてとても印象深い1軒なのです。時間の感覚からしますと、4年程前の事のように浮かんで来ます。  紹介され、お伺いした時の施主のおばさんの第一声は「うちの土地はネズミの額程しか無いんだけど家、建つかい?」でした。 狭い時にはよく「猫の額」と言いますが、施主のおばさんは
「ネズミの額」と表現するのです。早い話が今住んでいる古い家を取り壊して2世帯住宅を建てたいと言う事なのいです。 その当時、私の実積としては兄の家ただ1軒だけの「鳴かず、飛ばず」状態の頃でした。「現在もそう変わつていないような気もしますが」 それも「超ローコスト住宅」 この話は私にとつては願つても無いチヤンスに感じました。 初対面からなのか、施主は敷地の面積はとうとう教えてはくれませんでした。
土地の地番は分かつたので、さつそく法務局で面積を調べました。 出てきた土地の測量図に描かれている大きさがなぜか小さすぎるのです。 縮尺が違つているのかなと思つたのですが、「なんと12坪」・・・。「40.5」u。私は自分の結婚記念日は覚えることが出来ないのですが、この「40.5u」」だけは忘れることの出来ない数字になつているのです。 多分、私の結婚式よりインパクトが大きかつたのでしょうか。
この土地の上に「2世帯住宅」「玄関は2つ」「車庫も付けてね」「アツプライトピアノも入れる」「お風呂は2つ」もちろんトイレも、台所も「2つ」・・・。
翌年には「玄関が2つ」以外はほぼ満たされた家が完成しました。 ま、とにかく予算も含め悪条件は全て完璧に揃つていました。 でも世の中捨てたものでも無く、施主家族が皆さんとてもおおらかだつたのです。構造は地下1階地上3.5階鉄骨造。 私には「40.5u」が何よりの栄養剤だつたように思います。  なかなか画像処理がうまく行かないのですが、次回にはパソコンにはとても明るい「福ちやん」と言う女性が仕事に新しく加わつたので画像処理も手伝つてもらえるかと思います。


12月31日 (水)  本当は2009年1月

今日は2009年1月20日なのです。  なぜ2008年のところに書くのかと言いますと、2009年と更新しますと3年前、2006年の欄が自動的に削除されてしまうようようなので、記録してからの2009年へ更新することにした訳なのです。
さて、暮れの事務所の「大掃除」・・。例年、私はさほど力まず、サツ、サツと片付ける程度で終わる方なのですが、新人の「福ちやん」こと、真弓ちやんはきれい好きなので、私は「書庫」と名前を付けている一角が狭い事務所の隅にありまして、福ちやんはここを1日かけ、整理整頓と「処分」をしてくれました。  「いやー几帳面て、すばらしいなー。」正に書庫になつたのです。この光景は画像に修めておかなくてはと思つています。 なぜかと言いますと新人さんの初々しい頃は目を見張る様な光景をよく見ますよね。 妻と一緒で「あの頃は・・・・だつたよね。」と画像で・・。  まあ、私が思つている事は相手も同じ事を思つている事なのですが・・・。
福ちやんが整理しくれた中に「この封筒は捨てますか?」と中を見ますと、古い手紙とかはがきが入つていまして、その中の1枚に山口文象さんからの「寒中見舞い」が出てきました。 



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