Diary 2008. 5
メニューに戻る
5月29日 (木)  初夏

この所、朝晩寒い日が続いています。
こうして日記を書く事からついつい遠ざかつていました。 夕方、畑にトウモロコシを植えようと雑草を取つていると、昨年咲いた向日葵の種を小鳥たちが食べこぼし、今年もとてもたくさんの芽を出していました。
我が家の出来事と言いますと、4月から娘が家を離れ、関東の学校へ行きました。 家は少しばかり静かになりました。 娘にはぜひとも貧乏生活をさせなくてはと思つています。 小学生の時に「子供料理教室」にしばらく通つていた事があり、これがもつとも役に立つ事と思つています。 娘の生計は奨学金とバイトと仕送りの3本立てで成り立つています。  無事に卒業しても既に奨学金の借金がお前には在るのだから、きちんと働けよと激励しておきました。  


5月31日 (土)  3度目

私は死に掛けた事が3度程あります。
最初の記憶は5歳の時、札幌に住んでいた時の事です。 巾のさほど広くもない川に落ちてしまい流されてしまつた時でした。 春だつたのですが川の上はまだ雪で覆われていました。 私は雪の上を飛び越えられず川に落ちてしまい、まだ厚い雪の下を流されてしまいました。 幸運な事にたまたま私が川に落ちるところを見ていたご近所のお姉さんが下流の雪の被われて無いところで待ち構え、流されて来た私を救い上げてくれたのです。 5歳なのですが、あの時の光景ははつきりと残つています。
2度目は私が21歳の時でした。 やはり水の中で、 沖縄の竹富島の美しい海でした。 この頃私は泳ぎの方はほぼ落第点。でも沖縄まで来たのだからと思いフィンなどを買い、珊瑚礁の外まで出て泳いだりしていました。大きな波を被ると心臓の鼓動がおおきくなつていました。要するにドキドキしていた訳です。やはり運は悪い方へ悪い方へと行くもので、那覇の店で買つたフィンの片方が裂けて海底深く沈んでいつてしまつたのです。 海の透明度が高いので深く揺れながら落ちてゆく片方のフィンを見ると急に恐怖心が湧いてきました。 後でつくずく思つたのですが「命に係わるモノは決して安物を買つてはいけない」と言う事です。 ここで私は70%程溺れかけていました。 でも「死」を感じていた訳でもありませんでした。 でも運は益々落ちてゆきました。私は溺れかけてはいたのですが、まだ溺れてはいなかつたのです。 心臓は「ドキドキ」。その緊張状態の時に波の音のなかから聞こえたのです。「助けてください」私は気が動転し、間もなく気持ちが落ち込みました。 私が溺れ状態なのになぜ? 70%溺れている私の耳に「助けて」...
私より先に溺れている方がいたのです。

20080531-1.jpg



2008/5
SuMoTuWeThFrSa
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

前月     翌月