Diary 2014. 8
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8月4日 (月)  猫ハンモツクの相談。

10日程前、「ハルニレの家」のリビングにハンモツクを取りつけて来ました。
またまた昨夜、別な方からお電話があり、何やら猫が使うハンモツクを吊る為の柱…,折りたたむ必要が・・・。などなど。
相談の内容が今一つピンと来ないので、「イメージを簡単に書いてフアツクスで送つて下さい。」
送られてきたスケツチを見るとなかなか熱意を感じました。 つまり、「飼い猫をハンモツクに寝かせてあげたいので、(ハンモツクはすでに購入済み)このハンモツクを吊る4本の支柱を作つてほしい、また使わない時には分解出来るように・・・。
なぜ猫にハンモツクが必要なのか、そこのところ知りたくなり、現場の帰りに立ち寄りいろいろお話を聞いてみました。
そして猫ちゃんなどの意向も確認して来ました。
私〜「で、ご予算は?」 猫ちゃんの飼い主〜
「猫の病院代がかなりかかつてるので予算は○○○
程度で・・・」  私「うーん・・・」「は〜」(私の小さなため息の音)
このお話、従業員(大工さんなど)には聞かせられませんね。「はーあ」です・・・。
ここ数年、犬小屋製作の依頼が途絶えています。
犬もお家の中で大切にされているからなのでしょうね。
4年ほど前に4.5帖程の犬小屋(小屋では無く犬舎と呼んでます)建設の実積があります。
完成後室内には飼い主の椅子なども置かれているほど(私の書斎を上回ります)
どこへ行つてもぺツトの地位は確実に上がつてきていますね。(現役お父さんの地位は下がつていませんが・・・。)

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8月14日 (木)  今日から小さな夏休み。

大きい、小さいはどうでも良いのですが、今日から4日程のお休みに入りました。
昨日は、仕事を終えてから父を伴い、家族でお墓参りを済ませました。(気持ちに一区切りつきます)
以前、お墓のデザインについて家族で話す事が何度か有り、私は四角く、陰気くさいのはだめだと言うと私以外の全員「絶対認めません」との結論で、昨日は数年前建てた「四角い墓石」の前で手を合わせお線香をあげてきました。
画像1〜昨年落ちたひまわりの種は3mを超えるま    で大きく育ちました。(来年も頼むね!)
画像2〜窓の外には蜘蛛ちゃんも虫を食べてくれて   太つてきました。
画像3〜車寄せのあるシンプルな家です。 
   木と漆喰いで作る清々しい建物になりそうで   す。 

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8月21日 (木)  再登板までお休みの障子。

そう遠くないうちに解体される築60年が過ぎる住宅。(来週購入契約予定の土地に建つ家です)
室内を見ると、なかなか大切に使われていた様子が至る所に見うけられ、中でも和室と縁側の間に入れられている障子が目を惹きました。
一部には丁寧な組子が入れられ、建設当時、建て主の期待に答えた棟梁達の心意気を感じます。
画像1,2〜60年の間、家族から大切にされたお住ま     い。(小麦畑に囲まれています)
画像3〜5月の連休に日本海側の漁港「増毛」に行く   途中に見つけた「船倉」。
   鰊漁が終ると船を仕舞つておく、船の倉庫だ
   そうです。 よく見ると、倉庫より船の方が   大きく、舳先が倉庫からはみ出していて、倉   庫を増築するのが一般的な解決方法と言う所
   なのですが、ここでは、はみ出た舳先に屋根
   を架けているでは有りませんか。 
   とても直感的な解決方法がとても気に入つて
   います。
   シエフ三國さんの生まれ育つた町「増毛」は
   思つていた以上に美しい町でした。
   

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8月22日 (金)  迷惑そうに見えましたが・・・。

お届けして来ました、猫ハンモツク用フレーム。
さつそく猫ちゃんに初乗りをしてもらいました。
私の思つた通り猫ちゃんは乗るのを嫌がり、なかなか落ち着いて乗つてくれませんでした。
私・・「ほれ! 猫ちゃん! 乗つてよ! ¥高いんだからね!」(猫ちゃんには遠慮しません) 
お客さん(飼い主)「慣れたらきつと乗るとおもいますハハハ・・・。」
私・・「このフレームは他に使い道が無いんだから、慣れてね〜猫ちゃん・・・!」
このフレームには名称は特に有りませんが、組み立て式になつています。 大工さんへスケツチを渡し、説明が終ると、「ところで、何、これ・・?」

返答に困りましたが、なかなか丁寧に作つてくれました。  ま、たまの息抜きには良いのかも知れませんね。(大工さんはそうは思つて無いと思います)

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8月23日 (土)  コツホさんの家

「コツホ旧住宅」と書かれた白く、四角い墓標のような立て看板を目立たない農道の脇に見つけたのは12年程前のちょうど今頃でした。
この看板の前を何度か通るうち、何か気にかかり、150m程先に見える「コツホ旧住宅」玄関のベルを思い切つて押して見ました。
応対に出て来られたお母さんはこの「コツホ旧住宅」に長く住まわれていて、(聞かなかつたのですが、お話の内容では60年はお住まいの様でした) 聞くと、「コツホさん」との関わりなどを丁寧に説明してくれました。
さかのぼる事92年前、(関東大震災の年)道庁からデンマークに派遣された調査職員がデンマーク農家2戸,ドイツ農家2戸を選び、5ヵ年契約で招請し、札幌地区2戸(デンマーク人家族),十勝地区2戸(ドイツ人家族)の農家に模範営農(経営)を営んでもらい、農業先進地の技術などを近郊の農民へ普及させる目的だつたそうです。         お話を聞きながら庭に目を移すと、「何ですか、あれ?」
当時の私にはどう見ても「コンクリート製アーチ型犬小屋」と見えました。 
お母さんに聞くと、ここに来た時にはすでに庭にあり、コツホさんの犬小屋だつたのでは?    
とのお話でした。
私の性格の一つに「何だ、これ?!」となると、速やかに調査、解決するのでは無く、未解決のまま、何時までも引きずるところが有り、「あつ、そうか!」が出てくるまで今回ほぼ10年が必要でした。 
2年程前、足寄町「ありがとう牧場」の庭先にレンガを積み、ピザ窯を作つていて「もしかて!?」。(12年前だと、レンガ製アーチ型犬小屋)

コツホさんとは92年前、ドイツから6人家族で来日され、ここで7年間営農されていたとの事でしたのでした。  ドイツ人なのだから当時、ピザではなくパンを焼いたのではないか、つまりコンクリート製犬小屋は「パン焼き釜!」。
今も当時も「コツホ旧住宅」周辺には店とは無縁なところなので、(あつたとしても焼きたてパンは売られてい無いだろうな〜)パンを庭先で焼いていたのでしょう。
と言うことで、12年前に見た「パン窯」をもう一度見てみようと思い、先週夏休みの終わりに行つてみました。 ところが12年の月日が経つているので、この日は「コツホさんの家」を見つける事が出来ませんでした。                 翌日、地元の役場を尋ねると地図のコピーまで用意してもらい、とても親切に教えていただき恐縮してしまいました。
地図に沿つて探してみると、現在工事が進んでいる「高台の家」からそう遠くないところだつた事がわかりました。(遠くは無いと言つても10`程)。
12年ぶりに訪ねて見ると(高台の家の現場の帰りです)当時お話を聞かせていただいたお母さんはご健在で、(以前私が訪ねたことは覚えていませんでした)一緒に住まわれている息子さんからも「コツホさん」について断片的な貴重なお話をお伺いする事が出来ました。(いろいろメモを取りました)
お話をお聞きしながら、庭の隅々を見回したのですが、12年前にはすぐ目に付いた「パン窯」が見当たらないので聞いてみると、何と!「コツホさんのお孫さん達が大きなトラツクで運んで行きました」・・・。
ドイツにですか?!              「コツホさんには男兄弟2人,姉妹の4人のお子さんがいて、7年後一家がドイツへ帰国する時には妹の(当時23歳くらい)ヘルタさんが日本人酪農家のかたと結婚され、一人北海道に残られたそうなのです。
ヘルタさんの嫁いだ酪農家の牧場は現在も道南で元気に経営されているのです。          80年後「パン窯」は道南、コツホ家の血を引く牧場の庭で熱いパンを焼き続けているとのお話でした。
画像1〜コツホさん旧住宅(当時の姿はほぼとどめているようです)
画像2〜コツホ家と同時期にやはりドイツから5人家族でこられたグラバウ家の住まいが十勝鉄道大通り駅として移築再使用されていた頃の写真を見つけました。
画像3〜家の近くの「ビート資料館」に展示されている当時の十勝の農家を再現したジオラマです。
(ビート資料館は歩いて行ける所にある立派な民間会社の資料館なのですが、なかなか足を運ばないところです)
80年の空白時間を置き、祖々父のパン窯に火を入れ、パンを焼く家族。 とても惹かれます。(道南の牧場、1泊すると行けるだろうな〜、行つて、見て。 お話を聞いてみたいな〜)









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