Diary 2014. 9
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9月5日 (金)  カフエ12ケ月

Eさんと初めて会つたのは、今から16年前の夏が終わつた今頃でした。
「カフエ12ヶ月」の建物はHPの施工例に載せています。                     4年程前Eさんはご病気で亡くなられました。
その後、この建物は所有者が変わり、その方から「デツキ」を修理したいとの相談が有り、1年振りに「カフエ12ケ月」を訪れました。
持ち主が変わり、建物の細部が変わろうとも私にとつてはいつまでもEさんの「カフエ12ヶ月」です。 亡くなられたEさんへの追悼の気持ちを込め、
少し「カフエ12ヶ月」のお話をしてみようと思いす。

場所は帯広から車で40分ほど走つたところの更別村、どんぐり公園近く。  久しぶりに見る建物には当然、当時の看板も無くなり、柏の葉の陰に隠れる様に佇んでいました。           「寡黙」・・・この言葉はEさんを思い出す時、最初に浮かぶ言葉です。             不動産業者を通じ、初めて紹介され「出来るだけ柏の木を切らずにお店と住まいを作りたい」と。  Eさんの年は当時30歳を少し過ぎていたはず。  賃貸でお店を開くのでは無く、「固定資産税」までも払い、尚且つお店で1人生計を経てて行くとのことでした。
打ち合わせが進むうち、彼女が建設費にかけられる金額内に納める事がなかなか難しくなり、住宅はこれ以上削られないところまで削り、店の内部もぎりぎりのところまで予算を削ることになりました。 建物に掛かり、切り倒す予定の柏の丸太を店の中に立てる事を提案したところ、彼女は了解し、「皮はうちで剥くので磨く作業は自分でね」との約束になり、彼女は会社作業場へしばらく通つてもらい、職人さんと一緒に埃まみれになることもいとわず曲がつた柏の木を慣れない手つきで磨いてくれました。

  




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9月15日 (月)  コツホさんの家

「コツホさんの家」から80年の時を経、親族の住む道南の町へと移された「パン窯」を訪ね、八雲町「三澤牧場」へ行つてきました。
三澤さんへ突然電話を入れ「コツホさんの家が・・パン窯が・・」話の繋がらない突然の電話でも「いいよ」の一つ返事を頂、早起きをして車を飛ばす事6時間。 三澤さんは今年、78歳。
90年前のコツホさんから見るとお孫さんになるわけです。 コツホさんの次女がヘルタさんです。
玄関を通り、居間へ入つた途端、並みの生き方をされて来た人では無い事が伝わつてきました。
居間の豪快な空間の取り方から始まり、デンと構え、渋く錆びた球体の大きな薪ストーブ。
自分の好き勝つてに作つた家の様に見うけられました。
初対面の私は落ち着いた三澤さんを前にして緊張していた性か、なかなか上手く的を得た質問が出来ず1時間ほど時間が過ぎてしまつた頃から少しずつ「コツホさんの家」から今日までのことなどを4時間ほど貴重なお話をお聞きさせて頂きました。
とにかく三澤さん「カツコイイ」のですよ!
食事もご馳走になり、私は以前からの友人に会つた(大変失礼なのですが)ような親しみを感じました。

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9月16日 (火)  カフエ12ケ月 

打ち合わせの回を重ねて行く内、最もこだわつた「テーブルに座る椅子から窓を通して何が見えるか」,「建物をもつと林の奥へ、もつと・・・。」。(なぜそこまで・・・。)
私とは何か打ち解けない空気が残つたまま建物は完成して行きました。 完成が近付いた頃、Eさんからお店の名前を何かはにかむ様に、小さな声で「カフエ12ケ月」と初めて聞きました。   開店前には職人さん達も交え、心のこもつたお料理を振舞つて頂いた事を思い出します。
亡くなられた翌年、仕事も兼ねて関東にあるEさんの実家に立ち寄り、お線香をあげさせていただきました。
小さな仏壇に飾られた遺影のEさんの表情は家族での北海道旅行での1枚とのことで、とても清々しい笑顔が印象的でした。             なぜEさんはあれほど森の中にまで入り、自らそこへ住み、店を持つまでに至つたのだろうか。   Eさんは私の出会つた依頼主のなかでは、ある面において特出した感性と強い精神の持ち主で、その後の私の仕事に少なからず影響を与えていただいた方の中の1人です。               Eさんの生まれて育つた家も含め、周りの環境も私の目で確かめて見たかつたのです。       そこは私の予想を裏切り、実家周辺だけは蜂の巣の様に住宅が密集したところからいくらも離れていないのに忽然と小さな「田舎」に包まれていたのです。 Eさんは清々しい風が流れる、私なども忘れていた本当の「田舎」を探しに来た1人の様な気がしました。
桂の厚い板に彫りこまれた「カフエ12ケ月」の看板は遺影の隣に静かに立てかけられていました。

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9月20日 (土)  週末しています。

私の週末は金曜日では無くて、土曜日夕方7時過ぎから始まります。 
7時に仕事を切り上げ、すかさず自転車で近くのプールへ直行。 今日は私1人に監視員の方達が3名(これにも慣れました)。
何年泳いでいても先は長いことを再確認する日々です。                   スツキしたところで、夕食を済ませ、(後片付け,食器洗いなどは家庭内の空気を読みながら程ほどしています。庭の草刈と同じで、終つたあとは気持ちがいいです)。
食後しばらくすると以前は私の狭い書斎で本などを読む事が多かつたのですが、このところ事務所で読む事が多くなりました。 3年前の11月、薪ストーブを事務所へ据えてからなのです。
画像1〜「清々しい家」来週から工事が始まります。 土地を見守る柏の大木にお塩とお酒でお清めです。
画像2〜1週間の日程で玄関ドア,窓の付け替え,ユニツトバスの取替え工事を大工さん全員(4名ですが)で工事を進めています。
画像3〜現場の帰り道、車で公園の横を通り過ぎたのですが何か違う〜と感じ、車を降りて何が違うのか確認してみました。 小さな児童公園の遊具なのですがFRP製の動物、パンダ,亀,ライオン,猫,熊の組み合わせはバラバラなのですが、どの動物の顔にも愛嬌を感じるのです。 また、安全のせいなのかどの動物もかがんでいるのです。

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9月29日 (月)  コツホさんの家 2

八雲の三澤さんから1冊の本を頂きました。
「酪農余滴」三澤正男遺稿集(三澤さんのお父様)
酪農への熱い意気込みと家族への愛情がつつずられています。 読み終えるまでもう少しかかりそうですが、私の生きてきた年齢とその都度重ね合わせて読まとただただ幼く、努力の足りない事にがつかりしてしまいます。
画像1〜「清々しい家」着工です。 ベースコンクリートの打設なのですが、柏の枝とミキサー車の高さが際どくセーフでした。
画像2〜「酪農余滴」に掲載されていた昭和29年苫小牧でのホルスタイン共進会(写真には三澤さんのお父さんと2人の娘さんが写つています)
画像3〜「西帯広の家」完成が近ずいてきました。

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